鯖と山芋と私

30 dai no mo jo

読書:幸田文「おとうと」

中学生の頃かな、教科書に抜粋が載ってて、「ウワ何このクソ弟むりむりむりむり」って思った「おとうと」ですが、先日家を掃除してたらふるーーい本(昭和38年)があったので、最後までちゃんと読んでみた。

むちゃくちゃネタバレ感想です。

 

感想1:お姉ちゃんって普通ここまでやってくれるもんなの?

げん姉ちゃん(主人公)の碧郎さん(弟)に対する愛情がすごい。

主人公げんの家は家庭環境が複雑で、有名な作家の父、後妻でありげんと弟とは血の繋がりがない母、女学生げん、中学生の弟の四人構成。母はリウマチで手足を患ってるので家事ができず、一家の家事はげんが司っている。げんは単に家事を作業としてこなすにとどまらず、弟の碧郎に対して17才とは思えないハイパー母性をもって接する。例えば徹夜で着物を大人用に仕立て直してあげたり、弟がビリヤード場で借金を作れば、父に言ってお金を用立ててもらってビリヤード場に払いにいったり。弟を見る目が完全に母のそれである。

継母と折り合いがつかず、母性らしきものを与えられる立場なのが自分しかいないということが、17の女の子をここまで母にしてしまうのか。「私しかいない」っていうことは時として人を強くするけど、それだけ強く自分自身を縛るものでもある。後でも触れるけど、げんだって娘のはずなのに、げんが娘でいられるところが家庭の中にも外にも、どこにもないのがすごく悲しいところだと思った。

 

感想2:これっていわゆる一つの搾取子では?

げん姉ちゃんは母の代わりに一家の家事を請け負って、朝ははよからご飯の支度、お弁当をつめて(貧乏なので鰹節ご飯のみの時すらある)、夜もご飯の支度、終わるともう9時を回ってて宿題するのも眠いというありさま。

それに対して弟の碧郎さんは、学校では不良、ビリヤードやらボートやら乗馬やらと遊び回り、つけをお父さんに払ってもらう。

当時は男女差別とかそういう概念自体なかったのかもしれないけど、これは不公平すぎではないかね。

そもそもお母さんは病気で家事ができないにしても、父は在宅ワーカーである。なぜすべての家事を娘がやるのか。当時は男子は一切家事やらないのが普通だったとしても、それにしたって放蕩息子に小遣いやるお金があるなら、お手伝いさんを雇うとか、おかずをお総菜にするとか、もうちょっと娘の負担を軽減できなかったのか。お総菜はあの時代ないかもしれんけど。本来は育まれるはずの立場である娘が、全然娘をできてない。青春がどうとか言うレベルでなく、生活の中、毎日ほんの一時間だって、彼女に自分だけのための時間ってあったのかしら。まだまだ17才なんて子供なのに、なぜ他の人の理不尽までまとめて背負わなきゃならんのか。「頑張ればできる」「我慢できる」っていうことは、できるがわの人間にここまで大きな荷を負わせるものなのか…しんどい

弟がどうとか言うより家庭全体の問題であり、家庭全体の問題であることは作中何度も指摘される。だからといってなんの経済力もない、この時代の未成年の娘には家庭全体の根本的な問題を解決することもできない。そうした中でどんだけ姉ちゃんが責任感をもって弟の養育をせねばならんのか。私だったら拗ねるし反抗するし放り投げるし、最悪親戚の家に家出するかも。それをげんは健気にやってのけ、あまつさえ所詮は姉だから十分に母親の仕事が出来ない、とか言ったりする。そもそも私の仕事じゃねーわ!とはならないのだ。健気さと愚かさは裏表だが、そういう正論をいえるのは選択する自由があることが前提である。この時代に、この家庭環境だったら、健気に家庭を支える以外の選択肢がそもそもあったのか?  複雑である。

 

げんに対して、碧郎に対して、なんだ愚かなと思ったり、なんでそんなに我慢しなきゃいけないの?と思ったりして、まぁそういう憤りは「人としてかくあるべし」という話としては正しいのかもしれない。でもこの話に書かれてることは正しさでも倫理でも成功鐔でもなく、ただただ現実である。現実である以上閉塞しているし、主観的な時間の流れは等しくないし、自分の人生を選ぶことなんてことはそうそう当たり前にはできない。だから虚構の正しさ、爽快感、高揚、激しく心を揺さぶるドラマティックな展開はない。だけど現実の淡々とした悲しみや寂しさ、人間の不器用さ、愚かさ、それを愛おしいと思う心がしみじみと溢れて来たりするんですね。最後のリボンを手につなぐところなんて、なんともかわいくて、ささやかで悲しいエピソードであったことよ。あんなにクソだと思った弟が、可哀想で健気に思えてくる…

あと単純に文章がうまい。冬の寒さや心配で眠れない夜の家族の、それぞれが散り散りに気をもんでいる様子、矛盾したり混乱したり諦めたりするげんの心模様が、時には強く、時にはほんのりと、それぞれに相応しい濃度とテンポで伝わってくる。言葉にも品がある。すてきですね。

まぁ泣いたよ。なんだかんだ色々文句言って、こんな斜に構えててもね、泣けちゃう本を読めば泣いちゃうのよ。仕方ないね。