鯖と山芋と私

30 dai no mo jo

ドロップアウト願望

電子書籍でよく宣伝してる、OLさんがドロップアウトする漫画。さわりだけちょっと読んでみた。

派遣でお給料もきっとそんな高くないだろうに、たぶん周りに合わせるために都心のきれいな2LDKに住んでいる。本人節約が趣味なのに、なんかもうこの時点ですっごい窮屈そうだ。その後も社会や人間関係の窮屈そうなことばかり、唯一心の支えだったイケメンエリート彼氏にも心ない陰口を言われてるのを知り、全部捨てて郊外のボロアパートにお引っ越しする。

正直、ドロップアウトする前の彼女は妖怪ニコニコさんみたいで、そりゃ女はそういう絶対に腹を見せない女は好かんだろうし、周りから評価の高い彼氏に結婚してもらってゲームを上がることばかり考えてるように見え、ある意味これは自業自得の部分もあるよね?という感じなのだけれど、それでも全部オラーーー!!って捨てて逃げれる勇気、度胸はすごい。

なんもかんも嫌なのにちゃんと仕事の引き継ぎするところも真面目。あんな確執ありそうなお母さんにちゃんといい娘取り繕うところも責任感すごい。自分の偏見をきちんと反省したり、勇気だしてみたり、えらい。

でも、なんだかちょっと、全部放り出してひとりぼっちで飛び出す彼女が、羨ましいような気もする。

普通の人は、そうはできない。暮らしへの不満だってあるけど良いこともあるから我慢するし、どうにかこうにかやっていかなければならない。

あらゆるものをかなぐり捨てて逃げるのは、苦しい人の特権だ。

 

でも本当にそうかな?

 

逃げるのも、捨てるのも、なにか特別な人にだけ許された特別な権利なのかな。それって本当かい?

人間って別になんの理由もなくっても、それが誰かを傷つけるんじゃなければ、もう明日にだって好きなところへ行けるんじゃないの?それが自由というものでは?

 

なのに弱さや辛さを自由になるための免罪符のように感じてしまうっていうのは、それはなにか、やっぱり違うんじゃないか?

ほんとはどこにだって行けるけど、特に行く必要がないだなんて。そんなの言い訳なんじゃないかしら。どこにも行けないと泣きながら一歩踏み出す人の方が、私なんかより全然自由なのではないか?

 

めがねっていう映画があって、南のきれいな島でたそがれるんだけど、キャッチコピーが秀逸でね。

「何が自由か、知っている」

私も海のきれいなところに、自由を探しに行こうかな。